株式会社宮地鐵工所 |
宮地建設工業株式会社 |
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明治41年 |
9月 |
宮地栄治郎個人経営で現東京都墨田区亀沢に創業 | ||
大正8年 |
1月 |
現東京都江東区に大島工場を新設 | ||
| 大正12年 | 12月 | 関東大震災を機に合資会社宮地鐵工所に改組、資本金5万円 | ||
| 昭和6年 | 1月 | 本社並びに工場を現東京都江東区に新設 | ||
| 昭和13年 | 4月 | (株)宮地鐵工所に改組、資本金50万円 | ||
| 昭和20年 | 3月 | 東京大空襲により工場が全焼、長野県に一部工場を移転(現松本工場) | ||
| 昭和22年 | 1月 | 東京工場が本格的操業再開 | ||
| 昭和24年 | 3月 | 土木建設部門を分離し宮地建設工業(株)を設立 | 3月 | (株)宮地鐵工所の土木建設部門が分離独立し宮地建設工業(株)として東京都中央区に設立 |
| 昭和25年 | 11月 | 本社を東京都文京区に移転 | ||
| 昭和33年 | 8月 | 大阪営業所、名古屋営業所、札幌営業所を開設 | ||
| 10月 | 株式を東京証券市場に店頭公開 | |||
| 昭和33年 | 5月 | 福岡営業所を開設 | ||
| 昭和34年 | 10月 | 株式を東京証券取引所市場第二部に上場 | ||
| 昭和37年 | 8月 | 株式を東京証券取引所市場第一部に上場 | ||
| 昭和38年 | 4月 | 栗橋倉庫を開設(現機材センター) | ||
| 7月 | 大阪出張所を開設(現関西支社) | |||
| 昭和39年 | 2月 | 株式を東京証券取引所市場第二部に上場 | ||
| 昭和44年 | 1月 | 大阪出張所を大阪支店に昇格 | ||
| 昭和45年 | 4月 | 資本金を3億円に増資 | ||
| 昭和45年 | 10月 | 資本金を15億円に増資 | 3月 | 兵庫倉庫を開設 |
| 10月 | 大阪営業所を大阪支社に昇格 | |||
| 昭和47年 | 8月 | 沖縄営業所を開設 | ||
| 昭和48年 | 4月 | 資本金を5億円に増資 | ||
| 昭和52年 | 1月 | 本社を東京都江東区に移転 | ||
| 昭和53年 | 6月 | 仙台営業所を開設 | ||
| 昭和56年 | 7月 | 資本金を30億円に増資 | ||
| 昭和58年 | 10月 | 本社を東京都中央区に移転 | 7月 | 本社を東京都豊島区に移転 |
| 10月 | 東京工場を閉鎖し千葉工場全面操業開始 | |||
| 昭和60年 | 3月 | 技術情報誌「宮地技報」を創刊 | 3月 | 技術情報誌「宮地技報」を創刊 |
| 平成2年 | 6月 | (株)ひまわりを設立(現宮地技工(株)) | ||
| 平成3年 | 1月 | エム・ケイ・エンジ(株)を設立 | ||
| 平成6年 | 10月 | 広島営業所を開設 | ||
| 平成7年 | 11月 | 宮地建設工業(株)との共同出資により(株)宮地総合メンテナンスを設立 | 11月 | (株)宮地鐵工所との共同出資により(株)宮地総合メンテナンスを設立 |
| 平成9年 | 6月 | 大阪支店を関西支社に昇格 | ||
| 平成10年 | 10月 | (株)エム・アイ・シーを設立 | ||
| 平成15年 | 2月 | (株)宮地総合メンテナンスの株式を宮地建設工業(株)へ譲渡 | 2月 | (株)宮地総合メンテナンスの株式を譲受け完全子会社化 |
| 4月 | (株)宮地総合メンテナンスを吸収合併 | |||
| 9月 | 宮地エンジニアリンググループ(株)設立、東京証券取引所市場第一部上場 これに伴い(株)宮地鐵工所は上場廃止 |
9月 | 宮地エンジニアリンググループ(株)設立、東京証券取引所市場第一部上場 これに伴い宮地建設工業(株)は上場廃止 |
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| 10月 | 本社を東京都中央区に移転 | |||
| 平成16年 | 9月 | エム・ケイ・エンジ(株)を完全子会社化 | ||
| 平成17年 | 9月 | マニラ支店を開設 | ||
| 平成22年 | 3月 | エム・ケイ・ワークス(株)を設立 | ||
| 平成23年 | 3月 | 宮地建設工業(株)と合併し宮地エンジニアリング(株)発足 | 3月 | (株)宮地鐵工所と合併し宮地エンジニアリング(株)発足 |